4, 夜の書斎

 シローは床に転がっていた。
 何てことは無い。シローは、クマダの書斎で暇を持て余していた。シローの視線の先では、クマダが机に向かい報告書を書き進めている。書斎は、クマダが作業をする為の大きな机に立派な椅子が一組、そして天井まで届きそうな大きな本棚には大量の本がところ狭しと並べられていた。床に、これまた値の張りそうな柔らかい絨毯じゅうたんが敷かれているのがシローにとっては心地よかった。ぼんやりとした淡い灯りに照らされる室内で、クマダのペンを紙の上に走らせる音が響く。それが、なんとも眠気を誘われる具合でシローは大きくあくびをした。上半身を 起こし、クマダに声をかける。

「おい、悪食」

 クマダは返事をしない。シローは舌打ちをひとつして、クマダに背を向け寝転がった。時刻は九時を過ぎ既に外は夜のとばりに包まれている。外で暇をつぶそうにも、この時間ではもうほとんどの店は閉まっているだろう。そもそも、今のシローには金がない。
 シローは大きなしっぽを布団ふとん代わりに、自身の体に被せる。保温性に優れ、毛並みもガサツな手入れの割には美しさを保っていた。奴隷階級の人間として生まれ、幼い頃より硬いベッドで薄いかけ布を被り寝る生活を過ごしてきたシローにとって、自分のしっぽは実に便利で同時に誇りに思うものだった。クマダには忌み嫌われているが、そんなことどうでもいいことだ。
 シローはペンの音を子守歌に眠りに落ちていった。

 ドドド、と大きな音がしてシローは目を覚ました。大量の何かが落ちた音だ。
 飛び起きたシローはすばやく音の発生源を探る。驚きで大きなしっぽが一段と大きく膨らんでいたが、次第にしっぽは元の大きさにもどっていく。
 クマダが、大量の本に埋もれている。
 まるで昔ながらのコメディアンの様に本の山から足だけを突き出した形で固まっているクマダを見て、シローは思わず嘲笑がこぼれた。本の山は本棚から崩れてきたものだろう。はしごが立てかけられているところを見ると、どうやら本を取ろうとして足を踏み外しそのまま大量の本ごとひっくり返ったようだ。

「お前、お笑いの才能あるぜ」

「いいから、この本をどかせ。この寝坊助」

 山の中からクマダの声が聞こえる。普段の落ち着いた声音の中に、僅かばかりの苛付きが感じられる。シローははいはい、と返事をして本をどかしていく。このまま放っておいてもいいのだが、後で小言を言われ続けるのも面倒だった。

「はぁ、ひどい目に遭った」

 クマダはため息をついて、服に付いた埃を払った。くくく、と未だ笑い続けるシローを見やると、思い切りすねを蹴りつける。先ほどまで笑みを浮かべていたその顔は即座に驚きと痛みに苦しむものに変わり、シローはすねを抱えるように座り込んだ。しばらくして眉間にしわを寄せ不機嫌をあらわにクマダをにらみつける。シローの目線の先で、クマダはドアのノブを掴み扉を開けていた。

「片付けておけ。ボクは休憩する」

 そう言うと、静かにドアを閉めどこかへ行ってしまった。

「おっ、おい!?」

 シローは慌ててドアを開けるが、廊下には既にクマダの姿はなかった。別室を掃除した帰りであろうメイドと目があって、気まずく会釈えしゃくをしてドアを閉める。

「あ、あの野郎。自分が散らかしたものは自分で片付けろってんだ」

 舌打ちをしても、それを聞く者は部屋にはいなかった。シローはもう一度舌打ちをすると、クマダが崩した本の山に手をかける。書斎には、本を片付ける音と時折鳴る舌打ちが響いていた。

5, クマダ、山を登る

「ぜぇ、ぜぇ。もう嫌だぁ。足がいてーよぉ……」

「弱音を……はぁ、よっと……吐くんじゃない。緩やかな場所に出たら休憩にするぞ。ぜぇ……」

 辛そうに息を切らしながら、ふたりは険しい山道を登っていた。普段は強気のシローも、もうダメだと先程からクマダに弱音を吐いてばかりいた。
 ふたりの進む道の両隣は、崖が険しく切り立っている。その下には、真っ白な雲がもくもくと敷き詰められていた。

「さすがは、ジャイアントマウンテン。その名に恥じぬ険しさだな……」

「緩やかな場所なんてどこにもないじゃないかよぉ。クマダああ……」

「お前、高いところは平気って言ったじゃないか」

「それことこれとは全然違うだろおおがよおお……」

 今にも泣き出しそうな声で、シローが言った。シローのぼろぼろになったズボンの裾が、登山険しさを物語っている。

「生きて帰れたら新しいズボンと靴を買ってやる。だから黙っててくれ。お前の愚痴を聞いてる余裕は無いんだ」

「たら、じゃねーんだよぉ。生きて帰れることは保証してくれよぉ」

 シローが本日何度めかの泣き言を言う。

 シュバッ

 シローの頬に一筋の赤色が刻まれる。ツーっと、そこから真っ赤な血が垂れた。クマダが、ナイフを投げたのだ。
 そのことが、疲労と緊張でギリギリだったシローの我慢の限界に達させてしまったようで。

「あ、あ、あ、あんまりだろ!? 俺、なにもしてないじゃん! わああっ」

 声を張り上げて泣き出してしまった。クマダ以外に人目がないということもあってか、恥も外聞もないといった具合だ。
 当のクマダは、何やら慌てた様子で

「あっ、いや、違う! 今のは運悪く……。ええいっ」

 クマダが、シローに向かって駆け出す。シローの頭に手を付き、跳び箱のように飛び越えた。

「BUGだ! お前はそこでうずくまっておけ! 頭を上げるなよ!」

 クマダの視線の先には、ほうきに乗った魔女風の女性。しかし、その瞳に開拓者の持つような光はなく、どこまでも暗かった。その額には、クマダが投げたナイフが突き刺さっている。

「うふふ」

 BUGは、笑いながら刺さったナイフを抜いた。その無機質さが、どこまでも不気味だった。

「なるほど、飛行能力を持った開拓者を模倣すればこんな険しい山でも生息できるってわけだ」

 クマダが懐から追加のナイフとフォークを取り出そうとする。しかし、それより早くBUGは攻撃魔法を繰り出してきた。疾風属性の、かまいたちのような魔法だ。

「うっ、疾風……。こんなところで」

 クマダは、この疾風属性というものが苦手だ。疾風属性は、その名の通り風を操ったりする魔法や技術の総称である。この星には、魔法を操る開拓者も多くいる。

「くそっ、強い……。このままじゃ……ッ」

 クマダが疾風属性を苦手とする理由は、2つある。
 ひとつめは、クマダ自身が軽いため、魔力を伴った強風で簡単にバランスを崩してしまうこと。

「……あっ、あぶない!」

 ふたつめは、如何なるときも身だしなみを気にするという性格故に、とっさに帽子を押さえてしまうこと。
 クマダがフォークを投げた。しかし、フォークは全く見当違いな場所へと飛んでいく。

「……ッ」

 この2つが合わさると、クマダは全く攻撃を当てられなくなってしまうのである。

「バカじゃん! 帽子くらい無くしても新しいの買えるだろ。バカッ、バーカ!!」

 地面にうずくまったシローが、泣きながら罵倒を繰り返している。

「最高級のブランドものだぞ!? ボクのお気に入りなんだ、そう簡単に手放せるか!」

 クマダが、シローを振り返りながら言った。

「……そうだ!」

 クマダが、シローを見ながらなにかひらめいたといった風に目を見開いた。そのまま、BUGに背を向けシローの方へ駆けてくる。
 そのまま、ぴょんとシローのしっぽへ抱きついた。何事かと、シローは不思議そうにクマダを見上げている。

「しっぽを僕に巻きつけろ! 風で飛ばされないように固定するんだ。お前のバカでかいしっぽなら、それができるはずだ!」

「ま、巻きつけるって……。お前、いつも馬鹿にするくせに」

「いいから、早く!」

 クマダの威勢に押されて、シローはうずくまったままクマダを自身のしっぽでぐるぐると押さえつける。ついでに、クマダの帽子が飛ばされないようにしっぽの先端で頭を押さえつけてやった。

「んぐ、そこまでしろとは言ってないが……。まぁ、いい。離すなよ、シロー!」

 クマダが、腕をひと振り。ナイフが五本、まっすぐにBUGの方へ飛んでいき……

「あらっ」

 BUGの体に深く突き刺さった。
 それが上手くBUGの急所をついたようで、BUGの体は塵となりながらほうきと共に雲の下へと落ちていった。

「や、やったのか……?」

「そうだな。いくらBUGといえど、この高さから落ちれば無事じゃないさ。さて、ボクらも進むぞ。BUGがいるということは、このあたりに生き物が休めるような場所があるということだろう」

「うぅ、まだ進むのか……」

 シローは涙を流しきって落ち着いたのか、目を赤くしながらも息はずいぶんと整っていた。
 クマダは、ちらとシローの顔を見やった。頬には、先程クマダが付けた傷がはっきりと残っている。

「……シロー」

 クマダの珍しく弱々しい声に、シローが不思議そうな顔をした。

「……いや、なんでもない。行くぞ」

 クマダは、シローのしっぽから離れ再び険しい山を進んでいく。シローは、再び立ち上がりその背中を追っていった。

「……今度、服を一式仕立ててやる。奴隷にボロボロの服を着られると、ボクがみっともないからな」

 クマダが言った。シローは、珍しく優しいなと再び不思議そうな顔をした。そして、純粋に新しい服が手に入る喜びからしっぽをゆらゆらと揺らすのだった。

「うんうん、これがいい!」

 ジャイアントマウンテンを登った数日後。クマダとシローは防具屋にいた。クマダが協会の力を借りて建てた、開拓者用の防具屋だ。防具屋というのは半分は建前で、実際はクマダ好みの紳士服を取り揃えた紳士服屋だ。

「うわぁ、いいじゃないかいいじゃないか! お前、なかなか見込みがあるぞ。普段、ボロボロの服を着てるから気づかなかったが、ちゃんと紳士服を着こなせるじゃないか! 背丈が、紳士服を着るのにちょうどいいんだな」

 クマダが目を輝かせながら言った。その手には、メンズスーツな燕尾服など、様々な種類の紳士服がシローに着られようと待ち構えている。

「もう、勘弁してくれ……」

 シローはうんざりした顔で、試着室からクマダを見て言った。シローは、真新しい紺色の紳士服に包まれている。ぱりっと糊がきいていて当のシローは服に着られているなと感じているが、クマダは満足のようだ。
 ジャイアントマウンテンで服を一式くれると言われたときは、素直に嬉しかった。だが、まさかクマダがこんなに紳士服が好きだとは。シローは、さながら自分が着せ替え人形になった気分だった。

「ただ、その大きなしっぽがネックだが……。それは、専用のカバーを作ればいいだろう。耳を隠す帽子も必要だな。しっぽを通す穴といっしょに、あとで採寸しなければ」

 耳しっぽを隠すのはマナーだからな、とクマダは付け加える。

「俺、むこうの安い服屋でいいよ……」

「そうだ、下着類も買わないとな。どうせ、お前のことだ。ボロボロのものを使ってるんだろう? 外見が良くても、中身がボロボロじゃ格好がつかないからな。知ってるか? ボロい下着を身に着けているとオーラでわかるんだぞ」

「聞いちゃいねぇ……」

「ほら、次はこれだ。これはシルクだから肌触りもいいだろう。ほら、ベルトはこれを……」

 めったに見せない満面の笑みを浮かべながら、クマダは服をシローに押し付けていく。クマダの手によって勝手に閉め切られた試着室の中で、シローははぁとため息を吐いた。

「服を買ってくれるのはいいんだけどよぉ……」

「どうだ、もう着替えたか?」

「気が早すぎんだよ」

 シローは、手元のピカピカの紳士服を見る。そして、はぁと二度目のため息を吐いたあと、その服に着替えるために着ていた上着を脱ぎ始めた。

6, クマダとハロウィンとふわふわ

 寒さが次第に強くなり、秋の深まりを感じる日だった。辺境の惑星にも、秋はあるのだ。いや、作物がよく育つ地というのだから、自分たちが住んでいた不毛の星よりもずっと四季がはっきりしているのかもしれない。
 シローは、宿屋の廊下を歩いていた。そろそろ暖房を入れてもいいんじゃないかと思いながら、北風の入ってくる窓の向こうをちらと見る。今日の昼飯はあたたかいうどんでも貰おうか。

「いててっ」

 足がずきりと傷んだ。先日の登山で、気づかぬうちに足を捻っていたらしい。医者に診てもらったところ、数日は安静にしろとのこと。頬にも、クマダにつけられた傷を保護するためにガーゼが当てられていた。

「まったく、ふんだりけったりだぜ……」

「お前、そこでなにしてるんだ」

 クマダの声がした。

「医者に安静にしろと言われただろ。部屋で休んでいろ。お前はまだまだボクの荷物を持たなきゃいけないんだ。こんなところで足を悪くされても困る」

「ちょっとトイレに言ってただけだろ。別に、そこまでひどい痛みなわけでもないし」

「どうせ、トイレ以外にもふらふら出歩いているんだろう。ポケットから雑貨屋に売ってるキャンディが見えてるぞ」

「つか、こんな日に部屋でじっとしてるなんて出来ないだろ。あーあ、お前はいいよな。たっぷり浮かれられて」

 シローがジロリと見つめるクマダ。その腕にはまるで親の敵とでもいうほどに、どっさりと大量の菓子が抱えられていた。

「まわりが勝手にくれるんだ。別にボクが浮かれているわけじゃない」

「その見た目が、仮装に見えるんだろうな。あーあ! いいなぁハロウィン」

 窓の外は、ハロウィンの祭り模様。といっても、開拓先、更には開拓者が利用するための宿屋と合うこともあって、規模は極めて小さいものだったが。

「しかし、こんな場所でも祭りごとはちゃんとやるんだな。この星にいると毎日開拓にBUGって感じだから、こういうのがあるとなんだか安心するよ」

「いいから、部屋に戻るぞ」

 クマダが言った。どうせ、この足じゃ満足に屋台を見て回ることもできないだろう。名残惜しさを感じながらも、シローはクマダと共にろうかを歩いていく。

「いろいろなものを貰えたぞ。ほら、お前はこれ知ってるか? この星で採れる芋を使ったスイートポテトだ。いやはや、開拓者には美食家が多いけれど、料理上手も多いとはね」

 クマダたちが泊まっている一室。十畳ほどの部屋の中心にあるちゃぶだいに、クマダは自身がもらった菓子を広げていた。

「これはキャンディだな」

 クマダが開けた箱には、小粒のキャンディがいくつか。

「なんか、焦げてねーか。真っ黒なんだけど……」

「サルミアッキのキャンディだ。癖はあるけど、ボクは嫌いじゃない。食べてみるか?」

  クマダが、自分にものをくれるなんて珍しい。思えば、先日ジャイアントマウンテンでBUGと一線交えた後あたりから、クマダが何故か優しい気がする。

(なんか企んでんのか?)

 すこし訝しんでみるものの、くれるなら素直に貰うのがシローだった。黒いキャンデーを一つつまみ、口へぽいと放り込んだ。

「ん゛っ……」

 つい、眉間に皺が寄る。また、味わったことのない風味だ。塩味と、アンモニア臭……。

「最後までちゃんと食うんだぞ。貰い物なんだから」

 未知の味にとっさに吐き出しそうになったが、きちんとした食べ物を吐き出すのはシローの良心が咎めた。クマダが、にやにやとシローの顔を覗き込んでくる。

「ふふふ、なかなか面白い顔をするじゃないか」

 前言撤回、優しさなんてどこにもない。相変わらずのいじわるさが、そこにはあった。

「なかなか独特だろう? 世の中にはそういった好き嫌いの分かれる食べ物が多くある。勉強になったなぁ、シロー?」

 わはは、とクマダが笑った。キャンディの奇妙な味に口を塞がれているシローは、言い返すことができずジトリと睨み返すだけだ。

「もう、ボクはハロウィンを満喫したよ。外に出て歩いているだけでお菓子をもらってしまうのは、いささか申し訳ないからね。……おっと、そうだ」

「?」

「トリックオアトリート。お菓子かいたずらか、どっちがいい?」

 十分浮かれてんじゃねぇか! とシローは思った。クマダのいたずらなんて、ろくなもんじゃない。シローは、ポケットに入っていたキャンディを手に……

「おっと、キャンディはいらないぞ。それは、お前が自分で食べるために買ったものだろう。それは、ボクがお遊びごときで取り上げていいものじゃないからね」

「お前とのこのやりとりが、すでに悪質ないたずらみたいなもんだろ……」

「ふむ、お菓子を用意できないかな。なら、いたずらだ」

「俺より年上のくせに……」

 クマダは上機嫌ににやりと笑った。

「頭を下げろ」

 クマダが言った。頭? ここで、へぇへぇと頭を垂れて気分よくさせろということだろうか。腹は立つが、クマダの要求にしてはかわいいものだ。シローもハロウィンの空気に浮かれていたのだろう。ハロウィンのいたずらという建前もあり、素直にクマダに向かって頭を垂れる。

 ぐわっ

「!?」

 クマダが、両手でわしわしとシローの頭を強く撫で回し始めた。

「な、なんだ。毛づくろいがなにかか?」

「黙っていろ」

 わしわしわし……

 一体、俺はなにをされているんだろう。別に、頭をなでて褒められているわけではないだろう。クマダのような階級の人間は、こうやって髪の毛を乱すのが「いたずら」なのだろうか。そんなことを、シローは考えていた。

 わしわしわし…

「……もういいか?」

「ん、まだ……」

 わしわしわし……

 シローの髪の毛は、しっぽと同じように白くふわふわしている。あまり掻き乱されると、あとで絡んだ髪の毛を櫛で梳かさなければいけない。髪の毛一本一本が細いので、この程度でも時折絡んでしまうのだ。

 わしわしわし……

(もしかして)

 シローからクマダの顔は見えないが、指先の感覚からご機嫌なことが伺える。

(髪の毛の感触を楽しんでるのか……?)

 バッ、と頭を上げた。クマダは驚き、次に口をへの字に曲げた。

「なんだ。ほら、頭を下げるんだ」

「撫でるなら、せめてしっぽにしてくんね? ふふん、俺の髪がふわふわで気分いいのはわかるけどよ。でも、髪の毛よりしっぽのほうがふわふわだし、あとで整えんのも楽だからさ」

 シローとしては、自慢のしっぽを他人に触らせることに苦はなかった。不毛の星にいたころは、しっぽに興味を持った子どもたちによく触らせていたものだ。
 シローにとっては、大した提案ではない。しかし、クマダにとっては違ったようで、ふだんから赤い頬を更に赤くして

「へ、へ、変態ッ!!」

 バチン、と思い切り頬を叩かれてしまった。驚いたシローが、後ろに倒れかける。

「な、なにを」

「恥ずかしいと思わないのか!? ボクには妻子がいるんだぞ!? ボクは、お前とそんな関係になる気は無いからな!」

 そう怒鳴って、部屋を出ていってしまった。

「は……?」

 怒りよりも、ただ意味がわからないという感情のほうが強かった。確かに、クマダはマナーにうるさくしっぽが下品だなんだといつも言ってくるが……。
 クマダに叩かれた頬を撫でながら、シローは呆然と扉の方を見ていた。先日クマダにつけられた切り傷とは反対側だったのが、不幸中の幸いか。
 気づけば、口の中にあった飴はいつの間にか呑み込んでしまったらしい。未だ呆然とした気持ちを残しながら、なんとなくテーブルに広げられた菓子を見る。先程食べた、サルミアッキのキャンディーを箱から取り出して、再び口に運んだ。

「うーん、やっぱよくわかんねぇな……」

 その奇妙な味に、眉間にシワを寄せながら味わっていく。

「クマダほどじゃないけどさ……」

 窓の外を見る。空に浮かぶ雲が高い。再び、テーブルの上の菓子たちに目を移した。
初めて見る菓子、高級そうな菓子、手作りの菓子。色とりどりの菓子が放つハロウィンの雰囲気に、シローはクマダに叩かれたことも忘れてしっぽをゆらゆらと揺らした。