鬱屈した空気が漂っていた。
未開の領域は、黄昏の荒野というだけでは無い。BUGの強さもより苛烈を極め、クマダたちは何度も足止めを余儀なくされていた。
窓の外にはいつも黄昏時が広がっていた。ノイズじみた砂嵐を巻き上げる荒野は、まさに不毛の地と言う言葉がぴったりだ。そんな土地にぽつりぽつりと建てられている施設のひとつに、クマダ達は泊まっていた。武器屋ではあるが、オーナーであるクマダの権限により空き部屋を利用しているのだった。現在は営業時間外なので、店に店員はおらずクマダとシローのふたりだけだ。
「BUGなんて放ってさっさと帰っちまえばいいのにな」
薄暗い部屋の中、ソファに腰掛けながらシローは独りごちた。空き部屋と言っても、シローがいるのは普段物置にされている屋根裏部屋だ。クマダは臨時用の客室を利用していたが、一部屋に二人は狭いと客室をひとりじめしてしまったのだ。
「ま、ソファがあるだけましか」
マグカップに入ったホットワインを一口飲み、ソファに寝転んだ。古いスプリングソファがギシリと軋む。
――この開拓は失敗だ。撤退もしかたない。
この過酷なBUGとの戦いの末、美食愛好会が出した結論は開拓の撤廃だった。
開拓を進めこの肥沃な大地に施設を増やしたとしても、目の上のたんこぶであるBUGを排除しきれなければこの星で作物は育てられない。しかし、BUGを消し去ることは協会と開拓者たちの力を持ってしても叶うものではないと判断されたのだ。美食を愛しそれを目的とする開拓者たちにとって、それは開拓を止めるに十分な理由であった。
「最後に、僕はBUGの味を知りたい」
しかし、クマダはそう言ってこの未開の領域で歩を進めていた。クマダが敬意を表する開拓者たちを真似たBUGを食すことはマナーに反するが、自らの姿を真似たBUGならばどうしようと構わないというわけだ。
「悪食、ここに極まりって訳ね」
クマダは食を愛するが、それは美食に限らない。現に、シローの片耳はその好奇心によりクマダの胃に収まるはめになってしまった。まずい、と言われたことは救いだが。
「それにしたって……」
きっと、こういうときクマダにとって美味いか否かはそこまで重要ではないだろう。だって、美味いものが食いたいならばわざわざこんな苦労をせずとも美食愛好会本部のレストランに入り浸っていればいい話だ。
――食ってみたいからだ。わかるか、シロー。自分で食べたことがないものが美味かどうかは判断できないだろうよ。
「馬鹿じゃねぇの。こんな苦労してまで食いたいもんが自分の脳みそって、いかれてるぜ」
窓の外を見る。星空と黄昏。この辺りのBUGにしたって、開拓当初とは桁違いに強い。
はぁ、とため息が出る。結局、こんなところまでクマダに付いてきてしまった自分も自分だ。逃げ出すチャンスなんて星の数ほどあっただろうに、自分はこういうところで押しが弱いなと思う。困っている人がいたら助けてあげなさい、とは母の教えだが、幼い頃から度々教えられてきたそれが今あの憎いはずのクマダを見捨てられない理由のひとつかもしれない。
「ま、俺がいなきゃ風呂にも満足に入れない奴だもんな」
わはは、と笑う。
トントン。
げ、と先程までの笑顔が消え、苦々しい顔をする。今、扉をノックするなんてクマダしかいない。今の言葉が聞こえていないことを祈りつつ、ドアを開けた。
「はいはい、なんだよクマダ」
「返事は一回でいい」
クマダはムッとした顔で言った。相変わらずの憎らしさだ。しかし、一体こんな深夜に何のようだろう。
「小腹がすいたから何か作れとか? 夜食は太るぜ」
嫌味を言ってやる。
「ふうむ、小腹ね。確かに少し腹が減ったな」
なんだ、そのために自分のもとまでやってきたんじゃないのか。一体なんだというのだろう。自分はもう寝てしまおうと思っていたのに。
「別に料理する必要はない。生きたままが一番だ」
クマダの目がシローを捉えた。フォークが飛ぶ。シローのしっぽに突き刺さった。真っ白な毛が赤に染まっていく。
「ひっ…!?」
とっさのことで息が詰まった。しっぽが痛い。
しっぽの傷を抑えようとして伸ばした腕に、次はナイフが飛んでくる。ナイフは上着と腕の皮膚を切り裂き壁へと突き刺さった。
「ぐっ!?」
クマダが近づいてきた。一方シローは恐怖で足に力が入らず、よろよろと後ずさるのが精一杯だ。クマダはシローのしっぽの傷に口づけると、そこを執拗に舐め続ける。
「いだっ、痛い!」
そして理解した。こいつはクマダじゃない。クマダのBUGだ。
シローが大声を出して助けを呼ぼうと声を出そうとした瞬間、BUGがその喉元にナイフを突きつけた。ぶわっと嫌な冷や汗があふれる。
「安心しろ。あの虫けらはぐっすり眠ってる。お楽しみを邪魔する輩は誰もいないぞ」
BUGがぐいと血のついた口元を拭った。
「ひいっ……」
そのまま、シローはじりじりと後ずさりソファの上に追い詰められる。二人分の体重を乗せたソファがギシリと軋んだ。
「お、お、俺なんて食べてもおいしくないぞ」
必死で声を絞り出した。自分でもおかしいくらいに弱々しい声だ。でも、今自分の目の前にいるのはBUGとクマダの悪夢のダブルパンチだ。怖くて怖くて涙がこぼれ落ちる。
「い、言ったじゃないか。この前、俺のことまずかったって」
BUGにそんな話が通じるだろうか。そもそも、BUGに対して会話が成立するのか? しかし、今のシローにできる抵抗はこれくらいしかなかった。
「くくく」
BUGが笑う。BUGはもう片方の手で、腰を抜かしたシローのふとももを撫でた。ズボン越しだというのに、BUGに触れられた部分がぶわっと粟立つ。
BUGがシローを押し倒した。小さい体だというのに、恐怖で体に力が入らず成すがままにされてしまう。BUGはシローに覆いかぶさるようにして、クマダに短くされた耳に口づけた。
「人を食べる背徳感はたまらなく美味しかったぞ。なぁ、シロー」
世界がぐるぐると回る。ひどく気持ち悪くて、今にも吐きそうだ。またしても、恐ろしい呪縛をかけられた。つい先日、ようやく、ようやくあの呪縛から開放されたと思ったのに。
「そうだなぁ、お前はしっぽが一番おいしそうだ」
クマダとはなんだかんだうまくやれていると思っていた。でも、それは自分の都合のいい勘違いだったんじゃないか? 本当は、目の前にいるのはBUGではなくクマダ本人で、今から自分を食い殺そうとしているんじゃないのか。
「でも、メインディッシュはあとに取っておこう」
BUGがシローの耳をぺろりと舐めた。
「お前はボクの奴隷だろう? 髪も、爪も、血も肉も全部ボクのものだ!」
激痛が走った。とっさにBUGを引き離そうとするが、シローの腕力では全く歯が立たない。
耳に噛みつかれている。あの時と同じ、肉を裂かれる感覚。
「ひぃっ、ひっ、やめてくれ! やめてくれよぉ!」
泣きながら懇願するしかできなかった。ぶちりと嫌な音がして、BUGの顔がシローから離れる。BUGの口元には真っ赤な血。傷口から飛び散った血しぶきがソファを汚している。BUGは笑って、シローのかけらを飲み込んだ。痛くて怖くて涙がとめどなく溢れてくる。
「うまいうまい。こんなに美味いものは他にないぞ? ふわふわのパンケーキなんか目じゃないくらいおいしいな」
「そんなことあるわけがないだろ。この虫けらめ」
銀色のナイフがBUGの後頭部に突き刺さった。
「クマダあっ!」
思わず喜びの声を上げた。クマダが現れてこんなにうれしいことなんて今後の人生で二度と無いだろう! BUGは頭に深々とナイフが刺さっているにもかかわらず平然としている。同時に、自分に覆いかぶさっているこのクマダが本物ではなかったことに安心した。
BUGが振り返り、クマダをにらみつける。
「ふん、流石にこの辺りのBUGは強いな。でも、ボクは名誉を毀損されておとなしく引き下がるほど弱虫じゃない」
「虫けらめ」
同じ姿の二人が対峙する。どちらがどちらか、見分けがつかない。
「ずいぶんと人間の真似が上手いじゃないか。開拓開始当初とは大違いだな」
「あんな浅瀬の雑魚どもと一緒にしないでほしいね」
BUGと会話している。未開の領域にいるBUGは以前に戦ったBUGたちより知能が高いのだろうか?
BUGが、クマダに向かって歩みを進めた。
「ねぇ、どいてくれないか? いくら自分の店だからといっても店内で争うなんて、ボクの主義に反する。それくらいわかるだろう?」
クマダは、ナイフとフォークを構えたまま動かない。
「ボクは別の旅館に泊まるよ。こんな場所じゃ、取れる疲れも取れはしない。まぁ、お前たちの力じゃここに留まるのが精一杯だろうが……」
クマダはBUGを睨んだまま、ドアの前からどいた。
「出ていけ」
「ずいぶんと冷たいな。虫けらみたいな雑魚には心の余裕というものが無くて嫌になるね。もっと紳士的に振る舞い給えよ」
BUGが悠々と部屋を出、扉を閉め――
「シロー」
BUGが、扉の隙間からシローを見つめた。それだけで、シローの体はまるで蛇に睨まれたカエルのように動かなくなってしまう。
「今度は、バターと塩胡椒を忘れるなよ。次に会うときは体の隅々まで塗り込んでおくんだぞ」
「さっさと消えろ。この虫けら!」
バン、とクマダが勢いよく扉を締めた。扉の向こうからくくくという笑い声が聞こえた。革靴の音が、次第に遠のいていく。
クマダはその足音が聞こえなくなったのを確認し、シローを振り返った。
「本当はあの場で仕留めてやりたかったがね。悔しいが、開拓で疲れた今のボクひとりでは押し負ける。幸か不幸か、ボクのBUGだ。店を荒らしたりはしないだろうよ」
ふぅ、とクマダの口からため息が漏れる。小さな耳がぺたんとたれている。クマダ自身もずいぶんと気を張っていたようだ。
「……泣くなよ、シロー」
クマダに言われて気づいた。体の震えと心臓の音がやかましい。涙が止まらない。
「ここは埃っぽくて不衛生だ。ボクの部屋に来い。傷口の手当をしてやる。ボクは一階から救急箱を取ってくるから、先に行って待っていろ」
「うあっ……」
クマダを呼び止めようとするが、声が出なかった。クマダはそのまま、部屋を出ていった。部屋には、シローがひとりだけ。
窓の外を見る。見知らぬ開拓者が歩いていた。開拓者なのか、それを模倣したBUGなのかわからない。
カーテンを閉めて、なんとか立ち上がった。とにかく、今は傷の手当をしなければいけない。傷が膿んだら歩みをすすめるどころではない。
部屋を出て廊下を進む。足にうまく力が入らず、壁にもたれかかりながらなんとか歩いていった。
――人を食べる背徳感はたまらなく美味しかったぞ。
BUGの言葉が耳にこびりついて離れない。自分でも情けないくらいに涙が溢れて、ぼたぼたと床に涙の跡を残していった。
ずいぶんと、やっかいなことをしてくれたものだ。
クマダは、シローとともに荒野を歩いていた。シローの耳には包帯が巻かれている。先日、BUGに襲われたときの傷はまだ癒えていない。
「おい、もっと速く歩け。このペースじゃ今日中に目的地につかないぞ」
「……ご、ごめん」
シローは、言われたとおりそそくさと歩を速めた。
何より問題なのは、シローの口数が一気に減ったことだ。あの反骨精神は見る影もない。従順といえば聞こえは良いが、シローの気力と共に判断力や行動自体が鈍くなっている。これではいざというときに足手まといになるだろう。
(こんなんじゃ、嫌味のひとつが命取りになるな。まったく、やりづらい)
耳を食われたことがトラウマとなっているのは、クマダは以前から気づいていた。元々は故郷の知人であるアングラ辺境伯との会食で食人の話題になったことがきっかけであったが、今となってはあまり気軽にやるものではなかったな、とクマダは反省している。
(あれは薄汚い獣の行為だ)
なにもない荒野を歩きながら、クマダは屋敷での出来事を思い出していた。
「ふぅむ」
装飾で彩られたダイニングルーム、大きなテーブルに置かれた皿を見つめ、クマダは短く関心の声を上げた。持っているフォークをくるりと回す。
皿の上には、ピンク色をした薄い肉が乗っている。
このために買い付けた、奴隷の片耳だ。毛皮は剥がされているものの何の調理もされていない生のままである。
(これがそんなに美味いものなのか? そうは見えないが)
本当はふとももの肉がおいしいとアングラ辺境伯は言っていたが、いきなり奴隷の足を食うのはリスクが高い。そう思って、選んだ長耳の肉であったが。
(女の肉のほうが良かったか? まぁ、耳なんてどちらも同じようなものか)
この耳の持ち主、シローと言ったか。荒くれ者の下品な男だったが、その白い毛が柔らかかったことが一番の購入理由だった。毛が柔らかいほど肉がおいしいと、これもアングラ辺境伯のアドバイスだ。
周囲にいる召使い達にはこれが一体何の肉か知らされていない。貧相に見える生肉を食べようとしているクマダを見て、皆一様に不思議そうな顔をしている。
ともかく、すべては食べてみればわかることだ。そう思って、大きくひとかじりした。
「むぐ」
味は……、アングラ辺境伯の言う通りおいしくはある。生の肉というのはそれだけで元気が出るものだ。ただ、期待していたほどではない。やはり、食べるなら多少無理してでもふとももの肉を切り取るべきだったろうか?
元々少量であったため、すぐにぺろりと完食した。召使いに皿を下げさせる。食後の無果汁ジュースを飲んで、ダイニングルームをあとにした。
自らの書斎に戻る途中、ふと買った奴隷のことが気になり医務室の前にふらりと足を運んだ。なんてことはない、ただの気まぐれだ。あの奴隷は傷の手当を終えた頃だろうか。
ギィ……。
「ひっ」
「おぉ?」
ちょうど、手当を終えた件の奴隷が扉を開けて現れた。シローだ。
目を見た。ボクに怯えている。恐怖で体が動かないようだ。
不意に、自分の体がカッと熱くなる。驚いた。自分でも理由がわからない。さっき、こいつの肉を食べたせいか?
――こいつの全部はボクのものだ。こいつはボクの獲物だ。
そう感じた。買った奴隷だから、ではない。もっと本能的な部分で、そう確信していた。
今すぐにこいつを書斎に持っていって、誰にもその肉を盗られないようにしまっておきたい。その大きなしっぽも怯えた瞳も、全部食ってやりたい。生きたまま胴体を貪ってやりたい。
優越感と支配欲が、ものすごい勢いで自らを支配していく。思わず笑みが零れそうになって、必死にそれを押し殺した。
その時、アングラ辺境伯の言う”おいしい”の意味をようやく理解できたのだ。
――その後、その強烈な感情にめまいがして、結局そのまま医務室で診てもらうはめになったのを覚えている。
その時から、本能として決して剥がせぬ執着がクマダの心にこびりついていた。アングラ辺境伯もやっかいなことを教えてくれたものだ。彼の場合は手を付けたら残さず最後まで食い殺してしまうと言うから、こんな感情になったことがないのだろう。
(でも、ボクは理性ある紳士だ。そんな獣じみた執着は振り払わねばならない)
そう思って、今まで過ごして来たのだ。今では、シローの隣りにいても平気なほどに落ち着いたが、奴の耳を食べた当時はその執着を抑えるのに必死でシローから距離をとって過ごしていたほどだ。きっと、シローの恐怖に関しても同じようなものだろう。
それなのに、今度はBUGのせいでシローにあの恐怖を思い出させてしまった。
「腹立たしい」
シローが後ろで怯えるのを感じた。それですら、いちいち癪に障る。
砂嵐が強くなってきた。この地は常に黄昏時であるから時間の感覚がわからなくなるが、懐中時計を見るとすでに6時間以上は歩いている。
「今日は野宿だ。幸いにも向こうに先行する開拓者が設置した施設がある。そこで休むぞ」
シローへ振り返る。それだけでシローはこわばり、その体は普段より縮んで見えた。
そこはごく小さな神殿のような施設だった。10畳1間の屋内には転送装置――カードを送受できるだけの装置だ。生き物を転送することはできない――が置かれているだけで、他にはなにもない。ただ、砂嵐を凌ぐには十分だろう。室内はゴシック調の装飾が施されており、小さいながらもこれを設置した開拓者の趣を感じられた。
そこに到着して荷物を下ろしている最中、ふたりは言葉を交わさなかった。今はそのままそれぞれの寝袋の中に収まっている。シローの寝息が聞こえないから、まだ起きているのだろう。ため息をつき、寝袋から抜け出した。こんなこと、続けていたって無益なだけだ。
「シロー」
シローの寝袋のそばに座る。シローは寝たふりをしている。へたくそめ。
「シロー」
今度は頭を撫でた。シローはピクリと反応したが、すぐに寝たふりを続けた。シローの髪の毛は見た目よりもふわふわしている。
「だから、前に耳としっぽを隠すカバーを作ってやろうと言ったんだ。ボクの言うことを聞いていれば、怪我せずに済んだんだぞ……」
耳としっぽを隠さずにいるなんてだらしないことをしているからだと言ってやる。違う。今はそんなことどうでもいい。
「あのな、あのBUGの言葉に意味はないんだ。あれは開拓者を恐怖させ退けるために音を発しているだけだ。九官鳥やインコが人の言葉をしゃべるのと同じで、そこに意思はない」
シローは返事をしない。へたくそな寝たふりで無視され続けるのは、正直なところ腹立たしい。ボクはお前の主人だぞ。返事くらいはしろ。
しかし、ここで怒鳴っても事態は好転しない。それならば。
「シロー」
シローの体がビクリとはねた。シローの寝袋の中に入り込んでやった。ひとり用の寝袋なので狭いが、ボクなら入れないこともない。
体を密着させているため、シローの鼓動が感じられる。早い。ウサギだから鼓動が早いのか? それとも、ボクが入り込んでいるせいだろうか。
「なぁ、シロー。ボクが怖いか? いっしょにいるのは嫌か?」
どうせ返事は無い。自分で言っておいて、悲しくなる。
「……もしお前が望むなら、奴隷の身から開放してこの星に置いてってやる。BUGはいるが、本部周辺なら奴らの力も弱い。ボクの国よりずっといい場所だろうよ。それに、お前ならすぐに仕事や仲間を見つけられる」
執着に反するその言葉は、発するだけで目がまわる。拒否反応で吐きそうだ。シローを手放すのか? この獲物を? こんなにもやわらかい毛を持つ肉を?
シローの頭を両腕で抱きよせて、息を整える。
「お前はこんなところまでよく付いてきたものだよ。これくらいの褒美はあってもいいだろう」
必死に冷静を装うが、腕の震えがとまらない。この場でこいつを殺して全部食ってしまったほうが、まだ楽だろう。
「この開拓の旅ももうすぐ終わる。それまでによく考えておけ」
それきり、眠るまでふたりは言葉を発さなかった。クマダは眠りにつくまでの間、シローと共に眠るふりをして今はまだ奴隷であるその男の吐息を静かに感じ取っていた。
27 本日の記録 ]
クマダ
「……この辺りか。例のBUGの居たっていう場所は」
クマダ
「出てこい。僕が直々に仕留めてやる」
セルフBUG戦