最終注文, クマダはパンケーキが食べたい

「この野郎、ひき肉にしてやる!!」

 空は青天。爽やかな風の吹く草原に建つケーキ屋のテラスに、クマダたちはいた。
 温和な風景には似合わない叫び声をあげながら、クマダはシローを追いかけまわしている。

「ケチはもてねーぞ、悪食クン。うんうん、すげー美味いな、これ」

「ディナーはお前の肉で作ったハンバーグだ! 楽しみにしてろよ、シロー!!」

 鬼の形相のクマダを、シローはひょいひょいと避けていく。シローの口元には、パンケーキの屑。クマダの食べようとしていたパンケーキを、隙を見て食べたのだ。新しく注文しようにも、今日のパンケーキはクマダが注文した分で終了だと、店員に言われてしまった。
 シローは、軽い身のこなしで屋根に登ると、背の低さゆえに追いかけられないクマダを見て舌を出し嘲笑した。

「わはは。この星でさんざんBUGと戦ってきたっつーのに、俺ひとり捕まえらんねーのか。運動量より、食う量の方が多いんじゃねーの」

 この星でクマダと共に過ごしてきて、わかったことがある。ひとつに、思っていた以上にクマダは人前で外面を気にすること。ふたつめは、短足なぶん自分より足が遅いこと!
 特に後者は、シローにとって好都合だった。物理的な足の速さというのは、単純ながらも十分に護身術として働いてくれた。シローにとってこれらの発見は、クマダの支配下から抜け出すに十分な情報であった。くすくすと忍び笑いが漏れる。
 ヒュッ。笑うシローの頬に、一筋の傷ができた。浅い傷だが、じわりと血がにじむ感覚はシローの笑みを止めるのに十分だった。
 屋根の下で、クマダがナイフを構えている。

「次は片耳もらうぞ」

 クマダの口元がにやりと笑う。しかし、目は手に持つナイフよりずっと冷たかった。
 そうだった。パンケーキのおいしさで忘れていたが、クマダの特徴がもうひとつある。
 クマダは、食べ物の恨みを忘れない。

「それとも、そのバカでかいしっぽがいいか」

「やだなぁ。クマダサン」

 作り笑いを浮かべながら、するすると屋根から降りていく。故郷にいた頃は、ナイフ投げの技術なんて持っていなかったはずだ。きっと、BUGとの戦いで学んだのだろう。クマダはすでに中年と呼べるほどの年齢であるが、それでもまだ成長しているらしい。
 クマダは、屋内の店員がこちらに気付き視線を向けているということもあり、シローにこれ以上の叱責はしなかったが、それでも冷たい視線を浴びせ続ける事だけは店を出るまでやめなかった。

「あぁっ、ダメだダメだ! ボクの口はすっかりパンケーキを食べる口なのに! いくら甘いものがあったってパンケーキがなくちゃ、ボクはダメなんだ!」

「パンケーキの口ってなんだよ」

シローとのいざこざがあった後、クマダは店でケーキをありったけ注文した。ショートケーキにチョコレートケーキ、フルーツタルトにモンブラン。シローの知らない、見たこと無いようなケーキまでテーブルに並べ、それを片っ端から食べつくしていった。もしかしたら、クマダの体よりケーキの量の方が多かったかもしれないほどだ。しかし、それでもクマダは満たされないらしい。

「ほかのケーキ屋に行けばいいだろうがよ。こんな星だ。いくらでもあんだろ」

 シローが提案する。クマダはもっともだという顔で地図をとりだし、近場のパンケーキを取り扱う店を調べ始め……そして、手を止めた。
 クマダが口を開く。

「思えば、ボクらの開拓はもう終了間近だ。開拓が終われば、ボクもお前もすぐ故郷に帰らなくちゃいけない。しかし、この星にはまだまだボクの知らないたくさんのおいしいパンケーキがあるんだ」

 シローの頭に?マークが浮かぶ。こいつは、何が言いたいんだ。

「それらをすべて食べてまわるのに、ボクらに残された時間はあまりに少なすぎる。なぁ、ボクの言いたいことがわかるかい? シロー」

「わかんない」

 シローの素直な返事に、クマダはため息をひとつ。そして、目を見開いて言った。

「この星で一番おいしいパンケーキを食べに行くぞッ!!」

 クマダの瞳が、らんらんと輝いている。その、今まで見たこと無いような輝きっぷりにシローは唖然とするしかなかった。

「シロー、お前は足が速いよな」

 そりゃ、クマダよりは。

「そして、ボクにはおいしいパンケーキを嗅ぎつける料理評論家の鼻がある」

 犬かよ。口には出さないが、シローはそう考えていた。
 次の瞬間、シローの肩に重みがかかった。クマダが、ちょうど肩車になる様なかたちでシローに乗っかっていた。

「よし行けシロー! 最終注文だ! 一番おいしいパンケーキを探しに行くぞ!!」

 クマダの食べものの恨みは恐ろしいが、同時に食べ物への熱意も人一倍らしい。

「あほらしい……」

 そう言って、シローがため息をついていると、バチンと大きな音を立てて衝撃が走った。尻に。

「ヒーハー! 行くぞ、パンケーキを求めて!」

 いつの間にか、クマダが鞭を持っている。鞭で思い切り叩かれたらしい。どこから出したんだと言おうとしたが、間髪入れず二撃目が来たので、とっさに走り出した。クマダは、どんなにハイになっていようとも根源にある残虐さは変わらないようだ。
 青天の下。走る青年と笑顔で肩車されている少年という絵面はまるで仲の良い兄弟の様で、とても健全なものに見えるのだろう。その実、内情はまったく歪なものなのだが……。
 そんなことを思いながら、シローは草原を駆けていく。

最終注文, クマダはパンケーキが食べたい 2

「すみません。人気のパンケーキはすべて売り切れてしまいまして……」

 申し訳なさそうに謝る店員の前で、クマダは眉間に皺を寄せて訝し気な表情を浮かべていた。

「おっと、大人気ねーな。目的のものが無いからって、そんな顔すんの」

 シローが、クマダに向かって言った。
 クマダたちがいるのは、川の近くのパンケーキ屋だった。クマダが開拓をはじめたころに立ち寄った川だ。以前はうっすらとした霧に覆われていたが、今はすっかり晴れ絶好の散歩道だった。

「バカ。ボクがそんなことで不満を顔に出すわけがないだろう。ボクが疑問に思っているのは、まだボクの料理評論家の鼻がここに一番おいしいパンケーキがあると示していることだ。でも、この店員が嘘を言っている様には思えないし……」

 店員が言うには、人気1位、2位、3位。すべてのパンケーキが売り切れてしまっているという。もちろん、客からの人気だけがおいしさの指標ではないが、パティシエが一番おいしいと銘打つパンケーキさえ売り切れてしまっているらしい。作り置きはないし、店員へのまかないもパンケーキではない。

「お前の鼻が曲がっておかしくなってるだけじゃねーの」

 シローの言葉を無視して、クマダは店員に聞いた。

「この店には、今どんなパンケーキが残っているんだい?」

 再び、店員は申し訳なさそうな態度を継続し、口を開いた

「人気のものが午前中に売り切れてしまって、今店にあるのはパンケーキ以外の洋菓子や焼き菓子、あと飲み物くらいしかないんです」

 クマダの探る様な眼が、店員を見つめている。それに耐え切れなくなったのか、店員が今まで隠していたことを話しだした。

「……実は、少しだけパンケーキがあります。あるんですが……」

「あるじゃないか。自信をもって出せばいいのに。それとも、何か問題があるのかい?」

「……その、すっごく不評で、一応メニューにはあるんですが、ちょっとしか作らないんですよ。私も食べたことありますが、その、お客さんにこんなこと言うのは何なんですが、正直不味くて不味くて……」

 不味いパンケーキだから、ショーケースにも並べないのだという。

「やっぱ、外れだぜ。それか、こいつが味覚音痴だってか? 俺は、クマダの鼻が曲がってる方に賭けるね」

 クマダは悩まし気な態度をとる。自分の鼻に対する自信はそれなりにあるのだ。今までだって、おいしい甘味を見つけるために鼻に頼ることも多かった。料理評論家たる者、味覚と嗅覚だけは日々鋭く保っておかなければとクマダは考えていた。

「……まぁ、それでいいよ。ひとつ、もらえるかな」

 悩んでいても仕方ない。食べればわかることだ。クマダの注文を受けると、店員はしぶしぶ厨房へ件のパンケーキを取りに行った。

「これは引くわ……」

 シローが、パンケーキを見ていった。テーブルの上、椅子に腰かけたクマダの目の前にあるのは、魚の乗ったパンケーキ。謎の黒く濁ったソースがかけられている、見た目を度外視したとしか思えないようなものだった。
 厨房の扉からは、わざわざまずいパンケーキを注文する客を一目見ようと、パティシエたちがちらちらとクマダの方を覗いていた。

「……いただきます」

 クマダは、表情を変えずパンケーキにナイフを刺した。フォークで刺し口へ運んでいく。

 もぐもぐもぐ。

 シローもパティシエたちに釣られてか、緊迫した表情でクマダの様子を見ていた。自分で作ったものにそんな不味いというならば、もうメニューから下げてしまってもいいのではないだろうかと、つい思ってしまう。

 ごくん。
 クマダがパンケーキを飲み込んだ。シローもつられて生唾を飲み込んだ。クマダの背の方に立っているので、表情はわからない。

「……なぁ、クマダ。マジで、不味いなら無理しなくても……」

 つい、声をかけてしまう。普段なら、こんな心配しないのだが、パティシエたちの発する雰囲気からクマダが劇薬でも食っているように見えてならなかった。気に食わない野郎といえども、崖から飛び降りるのを黙って見過ごすほどではないのだ。

「お」

 クマダがひとこと。

「お?」

 シローもつられてつぶやいてしまう。

「おいしいじゃないか! こんなにおいしいパンケーキ、生まれて初めてだよ! このソースははちみつをつかっているのかな!?」

 想定外の発言に、パティシエのひとりが「は、はい」と度肝を抜かれた声を発した。

「うんうん、これはあれだね! 以前食べた鮭のはちみつがけパンケーキを彷彿とさせるね! このはちみつとチョコレートソースとかつおぶしを煮込んだソースがとっても……」

 クマダが熱烈に評論を繰り出していく。シローはその様子を見て、実はおいしいものなんじゃないかとパンケーキに興味がわいてきた。クマダの評論の隙に、ぱくりと一口。

「おげぇ!?」

 口内に広がるのは、魚のなまぐささと出汁の風味、はちみつとパンケーキによる壮絶な戦争。シローが思わず、ゴミ箱にパンケーキを吐き出してしまったほどだ。

「なんで、こんなもん作ったんだ!?」

 シローが、パティシエたちに向かって叫ぶ。

「……私たちは、おいしいとは思えないんですけど、その、たまーに熱烈なファンの方がいまして。まさに、その熊帽子の方みたいに……」

 味覚音痴御用達パンケーキらしい。たまにあるイロモノ菓子がごちそうに思えてくるそれを、クマダは笑顔で口に運んでいた。
 こんなものをありがたがるのは、それこそ熊くらいだろう。しかし、クマダは料理評論家だ。クマダが味覚音痴だとは、シローは思えなかった。

 ……熊?

 恐る恐る、クマダの頭部と熊帽子の隙間から手をつっこみ探ってみる。クマダはパンケーキにすっかり夢中なようで、シローに気付く様子は無い。次に燕尾服の後裾を捲り上げる。

 ……なるほど。

 シローはこの星に来て、すっかり忘れていた。クマダは、熊の特徴を持つ人なのだ。シローがうさぎの耳と尾をを持つように、クマダも同じく耳と尾を持っていた。しかし、普段はしっかり人目に触れない様隠しているので、気づかなかったが。
 恐らく、この店には熊の客が時折来るのだろう。近くの川で、鮭でも取りにくるのだろうか? わはは、さっきの考えは訂正しよう。

「熊御用達のパンケーキ、ね」

 シローのつぶやきは、クマダの笑い声と長ったらしい評論にかき消されてしまった。
 外には、太陽の光を反射しさらさらと流れる川。鮭が数匹水面から跳ねて、きれいな水しぶきを上げていた。

追加注文, クマダvsクマダ パンケーキ対決

「お前は、本当にパンケーキが好きだな」

 あきれた様子で、シローはテーブルの向かいに座っているクマダを見ていた。テーブルに大量に並べられたパンケーキを、クマダは無我夢中で食べている。よほどパンケーキがおいしいのか、シローの小言を気にかける様子は微塵も無かった。シローは頬杖をつきながら、ため息を漏らす。
 クマダたちは、空港のケーキ屋でくつろいでいた。クマダが、船の時間まで余裕があると言いながらケーキ屋に入っていったためだ。シローのすぐ隣にある大きなガラス張りの壁の向こうには、船が出るには絶好の晴天が広がっている。

 宇宙船。ここに来るまでホラ話でしか聞いたことがが無い存在が、ガラスの向こうにはあった。シローがこの星へ来る際はクマダの荷物として鞄に押し込まれていた。なので、こうして宇宙船をまじまじと見るのは実のところ今回が初めてだった。
 シローもこの地へ来て、隙を見てクマダの元から逃げ出した時は新天地だ自由の身だと喜んでいた。しかし、この星の脅威を知ってからはクマダの元から逃げようとはしなかった。見知らぬ脅威よりよく知る脅威の方が対処はしやすいと感じたからだ。何より、シローが想像していた以上に異国の地でひとりというものは心細かった。
 BUGにはずいぶんと苦労をかけさせられたな、とシローは思い返す。あの不思議な敵を駆逐する術を、美食愛好会は探し出すことができなかった。この星はこれからもBUGと歩んでいくのだろうか。
 目の前で、無限の胃袋でも持っているのかという程にパンケーキを口へ運んでいくクマダを見る。危険な敵と隣り合わせで暮らす恐怖はシローにも理解できた。この星の住民はずいぶんと逞しい。

「おい」

 自分がこの星の住民なら、文字通りしっぽを巻いて逃げてしまうかもしれない。仲間の姿を真似て襲い掛かってくるなどという悪趣味な存在に立ち向かっていく勇気が、自分には無い事をシローは自覚していた。

「おい、こら」

 再び、空を見上げる。宇宙船が飛んでいる。

「毛皮を剥いでコートにされたくなかったら、すぐに返事をしろ」

「……はいはい、なんだよ。そろそろ、パンケーキに飽き……」

 シローが目の前のクマダを見る。しかし、クマダは相変わらずパンケーキを無我夢中で食べており、シローを気にする様子はない。口いっぱいにパンケーキをほおばっており、流暢に話せる様子でも無かった。
 シローが、聞き間違いかと不思議そうな顔をしているとき、背後からしっぽを引っ張られた。慌てて、勢いよく振り返る。

「誰だ、そいつは」

 しっぽを掴んでいるのは、紛れもなくクマダだった。

 クマダが、ふたりいる!

「お前、ふたごだったのか!!」

「ボクは、お前の脳みそまで食った覚えはないぞ」

 シローの目の前にいるのは、未だ夢中でパンケーキを口に運ぶクマダと、それを心底不愉快そうに見つめるクマダだった。ケーキ屋の店員や客が、もしやBUGが侵入したのかと不安がっていたが、クマダはそれを双子の弟ということにして場を収めた。クマダとしては、食事の場を無暗に荒らすというのは主義に反するのだろう。パンケーキを食べるクマダにこちらを攻撃する意図は見えず、パンケーキしか眼中にないようだ。
 シローと、後から現れたクマダは、周囲に聞こえないよう互いに小さな声で話し出す。

「お、おまえとあいつ、どっちが本物のクマダなんだ?」

「次にそれを聞いたらその口を縫い合わせてやるぞ! お手洗いに行ったら、いつの間にか荷物ごといなくなったから驚いたよ。もし、また逃げ出しでもしてボクの手を煩わせるようだったら、全身細切れにして豚のエサにでもしてやろうかと考えていたところだ」

「いや、だってお前なら俺の言葉に耳を貸さずにパンケーキ貪り食うぐらいするだろ」

「貪り……まぁ、今は許す。緊急事態だからな。とにかく、このBUGをどうにかしなきゃいけない。しかし、ここで戦闘をするのは危険すぎるし、かといって無理やり連れて行こうとすれば暴れ始めるかもしれない」

「こっそり毒入りパンケーキでも食わすか?」

「おいしい料理に毒を盛るなんて、たとえBUG相手だろうとボクは反対だ。そうだな、ここはひとつ……」

 クマダは、パンケーキを食らい続けるクマダに向き直る。パンケーキを食うクマダは、その手を止め無言でクマダを見つめ返した。  緊張した空気の中、クマダが胸を張り言い放った。

「パンケーキ大食い対決だ!!」

 両者の間に、火花が散っている。それを見ていたシローは、その心底しょうもなさからその場で床にずっこけそうになって、なんとか持ち直していた。

 ふたりのクマダによるパンケーキ大食い対決が、今始まろうとしていた。  クマダふたりが向かい合って座っている。間のテーブルにパンケーキの皿が大量に並べられていくなか、なんだなんだと集まる野次馬を気にも留めず、クマダたちは互いを睨み合っていた。

「では~、制限時間は20分でぇ~す。一枚でも多くパンケーキを食べた方が勝ちで、真のクマダとして認められま~す」

「ふざけるな。神聖な勝負だぞ」

 ストップウォッチを持ったシローが、心底どうでも良さそうに対決の説明をした。それに対して、ふたりのクマダが睨んでくる。

「じゃ、スタート」

 シローがストップウォッチのスタートボタンを押した。いっきに、ふたりのクマダはフォークとナイフを手にパンケーキを口へ運びにかかる。並べられたパンケーキの種類は実に豊富で、シロップとバターの乗ったシンプルなものから、生地に果物が練り込まれたもの、クリームが山のように盛られたものなど、多岐にわたっていた。シローは、それらを見ているだけでも胸やけしそうになって、顔を顰める。
 皿が一枚、また一枚と空になっていく。両者のペースはまさに互角だった。BUGの模倣する力は、食べるスピードも真似できるのだろうか。
 次々と出てくるパンケーキの代金は、もちろんクマダ持ちだ。パティシエ、パティシエールたちが慌ただしくパンケーキを焼いていく。クマダはそれを、素早く、しかし丁寧に口へ運んでいく。料理評論家を名乗るだけあって、とてもおいしそうに食べるのだった。先ほどは顔を顰めていたシローも、つい生唾をごくりと飲み込んでしまう。

「あの」

 シローが、クマダたちをみていた客のひとりに声をかけた。子連れの母親、といった風の女性だ。

「ここのパンケーキって、そんなにおいしいんスか」

「あら、知らないの? ここって、パンケーキで有名なお店なのよ。テレビや雑誌なんかでも、度々紹介されてて……」

 どうやら、クマダの店を選ぶ目は間違っていないらしい。もしくは、クマダを模倣したBUGの眼か。それならば、そのBUGには料理評論家の才能があるのかもな、とおかしくなってシローは出てくる笑いをかみ殺した。
 クマダたちは、対決に夢中になってシローを気に掛ける様子はない。シローは、テーブルのメニューをこっそり取り、開く。

「……これが、人気のパンケーキ?」

「そうそう、私も食べたけどおいしいのよ。意外と甘さが控えめで、甘いの苦手な男のひとも食べやすいかも」

 メニューを開いて一番に目に入ってくる、大きなパンケーキの写真。5段重ねで生クリームが山のように盛られている。今、クマダたちが口に運ぼうとしているものと同じだろう。それを見て、シローの腹がぐうと鳴った。
 シローはまともにパンケーキを食べたことが無い。それこそ、以前クマダをからかう目的で口にした一枚が人生ではじめてのパンケーキだった。それも、慌ただしい鬼ごっこをしながらだったので、美味いとは言ったものの実際はまともに味わうことはできなかった。
パンケーキ。自分たちのいた星では奴隷の身分で食べられるものではなかったし、この地に来てからもクマダが食べるのを傍から見ているだけだった。そもそも、シローがそういったものを好んで食べる人間ではなかったこともあり、そういう意味もあってほとほと縁が無かったのだ。
 今なら、このパンケーキの山の中、一枚分くらいの料金が増えていてもわからないだろう。

「あのー、すみません。これひとつください」

 シローが、メニューのパンケーキを指さしながら店員にそう言った。

 ストップウォッチがけたたましく鳴り響く。
 店の奥、山のように皿が積まれたテーブルに、クマダたちが突っ伏していた。料理評論家の意地だろうか、あんなに大量にあったパンケーキは残さず食べつくされている。店先には、異例だろう「本日、パンケーキ売り切れ」と書かれた紙が貼られていた。

「やっべ」

 そう言って、シローが自分の食べていたパンケーキの、最後のひとくちを口に入れる。そして、咀嚼しながらストップウォッチを手に取り、アラームを止めた。

「対決終了~。えーと、勝者は……」

 シローの言葉が詰まる。シローは今まで、パンケーキを食べていてクマダたちに目を向けていなかった。
 ふと、一方のクマダ――はじめに、パンケーキを夢中で食べていた方だ――の体の一部がホロホロと灰の様に崩れかかっていることに気が付いた。

「こっち…うん、こっちで~す。へへっ、それではお騒がせしました~」

 本物のクマダの腕を持ち上げ、ゆらゆらと揺らす。その後すぐ、シローはあわてて倒れたふたりのクマダを担ぎ上げ、立ち去ろうとした。周囲にBUGが居たことに気付かれては、この場が混乱に包まれるのは必至だった。

 店を出る直前、パンケーキの支払いを済ませていないことに気付き、慌ててクマダの財布を漁る。財布の中は、シローの物と違って小銭が無くカード類が数枚入っているだけだった。それも、自分のような人間には生涯無縁だろう黒いカード。
 ムスっとした顔をしながら、カードで支払いを済ませる。レジを打つ店員の顔が驚いていた。シローが走って店を去る。人気の少ない休憩所に着いたところで、クマダのBUGは灰の様に崩れて消えていった。
 その後、シローはクマダが気を失っているのをいいことに、そのブラックカードでたばこを数箱、おやつをいくつか買ったところで、気が付いたクマダのこっぴどく怒られることになる。